植物の生理。

植物というのは、その場で生まれてその場で枯れてしまうのが宿命だ。動物のように、食料集めの縄張り争いをしない。ここで思うのは、人間がどれだけの争いを好む動物なのかという歴史である。

人間の争いの歴史を振り返る。

  • 古代では狩猟など大地の恵みを巡る戦いがあった
  • 中世では領地と資源を奪い合う攻略の図式
  • 近代では競合せずに市場の占有率をあげる虚構

植物に必要なものは水と大地。他には危害を加えずに、大人しく息をしている植物に対して、悪い気がする人は、まずいないと思われます。

観葉植物と部屋

雑草を見ると、景観を損ねるため草むしりや除去をします。それは一概にすべての植物を対象としている訳ではない。中には「鑑賞に値する」植物があり、それに関しては重宝します。

論だけだと、植物に対して「見る」といったり「見たくない」といったり。

植物が枯れるのを見て、はかない命だと感傷的になる人間は、おもしろい動物でもあります。植物にしてみれば、美しくあっても醜くあっても、そこに存在しているだけ。宿命として「大気がそうさせている」という事もできる。これを人間に例えると、大物が持つ威厳に迫るものがある。

空と街

植物を育てる目的が増える時。

昔の人にとって植物は、食料という所から始まった。実りを食べるために育てるという目的だ。米や麦、野菜を収穫したり、フルーツを採取したりと、直感的に生活の一部として捉えられる。

穀物のイラスト

今では、植物に「観葉」という目的がある。葉っぱを美しさの対象とする価値観が増えている訳です。植物を美しいとする感覚は、日本では江戸時代から始まっています。それは日本人ならお馴染みである、桜や楓です。

植物に美しさを見い出して、文化にまで発展させている国に生まれています。植物の観賞に対して、右に出るものを許さないくらいに誇り高い意識があるのです。

「観葉植物」の多くが熱帯や亜熱帯の原種

販売されている植物の見所。

観葉植物はお手軽に購入できます。木を植えて「桃栗三年柿八年」とするには、少々ハードルが高いですが、観葉植物は、育つ前の小さい苗の状態でも、見た目が良い物が多い。

観葉バルコニー

苗の頃から、すでに鑑賞力を発揮して、そこから「育てる」という楽しみも与えてくれる。月日が経ち大きくなるのもあれば、小さいままでこっそりとする、かわいいのもある。

卓上で楽しむ観葉植物が好き。

  • クリスタルプランツ
  • サクララン
  • シッサス シュガーバイン
  • アイビー               etc…

「植物を育てる」の意味には、土を買って鉢を買って水をあげて、芽が出るかどうかは分からないという内容が連想されます。そこに降りかかるのが、植物の種類以上に道具を選ぶ作業です。自然に対しては厳しい現実がある事を感じるんですよね。そういう大変な所はお金で解決して、美味しい所だけを頂くのが、賢いやり方だと思います。

お部屋のインテリアに最適な観葉植物

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