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Episode.26 歓迎される花火

夏の花火 徒然おばさんのひとり言
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2年ぶりの江津湖の花火大会です。

1978年、第1回火の国まつりにおいて納涼花火大会が江津湖で開催されて以後、ずっと続いていました。当時は3000発程度でしたが、家のベランダから見れるし、打ち上げ台は歩いて5分とあっては、平常心ではいられません。家族みんなワクワク、ソワソワ興奮して、親戚や友人を招いたりして、朝から落ち着かない一日の始まりでした。

日が暮れて最初の一発がドンと大空に響くと、「あ、始まるんだ」会場のざわめきまでもが聞こえてくるようで、うちわ片手に会場へ急いだものです。すでに座る場所はなく立ち見のままで、頭上に広がる色とりどりの大輪の花火を心ゆくまで楽しみました。

ところがどういう訳か、2005年、突然会場が熊本市のど真ん中の藤崎台球場に変わりました。街なか活性のためとか、交通の利便性とか、裏取引があったとか、いろいろ噂が流れましたが、江津湖周辺の住民はガッカリです。もうどこか遠くの夏祭りのようで、見に行く気にもならず、冷房の効いた我が家で、ビール片手にお笑いTVを見て過ごす一夜が何年か続きました。すでに忘れかけていました。

そして2015年 またまた実行委員の思いつきか、市長の気まぐれか、江津湖に帰ってきたのです。車と自転車の乗り入れ禁止、離れた場所に用意した駐車場からシャトルバスを走らせ、警備は警察、民間業者のほか近隣の自治会も駆り出され、多くのスポンサーがつき、有料の観覧席も用意され、一万発の花火が仕掛けられて、それはそれは大掛かりなものになりました。電停から商店街を抜けて会場までの道路はホコ天になり、両側には露店が並び、若い女の子や子供たちは浴衣に髪を結い、お昼前からそぞろ食べ歩きなどしています。もちろん 仮設トイレ、救護テントも設置されて、準備、進行など担当者の大変さはいかばかりかと思われます。

それにもかかわらず、雨で順延、地震で中止、台風で中止と、自然は毎年のように意地悪く、今年も小雨の合間を縫ってどうにか開催されました。もう外に出るのも面倒くさい私ですが、花火が上がるたびにガラス戸がガタガタと響き、煙がもうもうと流れてくると、やはりじっとしてはいられませんね。庭に出て空を見上げ、人間の技のすごさを思います。色、形、大きさ、言葉に言い尽くせない素晴らしさです。

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