偽りの充実と貧しさの行方。


アートと呼べるものと、縁遠い生活を送ってきた。そのせいなのか、周りの人が楽しそうに見える。心が乏しくなってしまっていた。心に余裕がなかったんだ。

パソコンデスク

今から探そうにも、何が良いのか分からない。おまけに、自分の体ひとつで渡り歩いてきたって、いくらでも言えるくらいの自尊心がある。戒めるかのように自分に投げかけても、それでもいいって思うくらいにわがままだ。

「皆さんのおかげで~」なんて飾りだって思っている。

人の気持ちが分からない人間になっているとは思わない。酷く、それは真実だからだ。現実を真っ直ぐに見つめれば、自分で努力して、自分で辛い思いをして此処にいるからだ。どうして今になって、そんな人生が「つまらない」って思うようになってきているのだろうか。全ては上手くいっている。

自分の気持ちや、自分で出した答えを大切にしてやってきたから、今でも出せていない答えはある。「かわいい」のか「かっこいい」のか、ビーズのアクセサリー。苦し紛れにも今は、それがある。ビーズのアクセサリーを、何というのが良いのだろうか。迷う時間もない今は「おしゃれ」という事にした。そうすると、今度は「おしゃれ」という言葉の使い方が、合っているのかが興味深い。どちらかの答えは、いつも出さない方向になる。

どちらでもない、その理由。


教室黒板

思い返す、いつもの場面がある。幼少期に隣の席には、かわいい女の子がいて、初めて見たアクセサリーが、ビーズだったかもしれない。特段に稀な素材でもないって思ったせいか、欲しいとも何とも思わなかった。

特別に養われたセンスもない、ただのダサい男だ。ただ色がたくさんあるってだけで、何も感じなかった。何も浮かばなかったから、とりあえず「おしゃれ」だ。

彼女は、嬉しそうにアクセサリーをしていた。聞けば、自分で作った「ハンドメイド」と言うらしい。楽しそうにしている君から、受け取る何かが、あったんだと思う。その「ハンドメイド」から伝わってくる何かも。

ピンク白

笑顔の君が、どんな気持ちなのかを聞きたくなった。でもその機会は、逃してしまったようだった。今度こそは気持ちを聞きたい。最初は、ビーズのアクセサリーが「かわいい」のか「かっこいい」のかを伝えて、次には「おしゃれ」という風に。これが言いたい事ではないのには、薄々、気づいているようだ。

「かわいい」か「かっこいい」かの次には、言おうと決めて彼女を探した。

「きれい」も「おしゃれ」も、なんの影響も及ぼさない、ただの誉め言葉だ。それには気づいていながら、何度かは言った。「好きだ」って、素直に言えないだけ。

「かわいい」か「かっこいい」かの次に言う、そう自分に言い訳をして。「かわいい」か「かっこいい」かはどっちなんだと、そう自分をごまかして。今でも、ハンドメイドのアクセサリーを見ると、はにかむような想い出が甦ってくる。

ガーデンオレンジ

今の私には、高級な宝石のアクセサリーよりも、ビーズのアクセサリーの方が価値があって、自分にとっての何を意味する訳でもないのに、アート作品だって言う資格が欲しい。

トレードビーズの存在。


ハンドメイド作品を自分で作る時は「とんぼ玉」を使おうと思った。プラスティックよりも、ガラスの方が綺麗だっていう単純なこと。だけど、とんぼ玉って調べると、範囲が広くて困った。トレードビーズが何なのかも、よく分かっていない。でも、もういいのかな。自分の中で、アートって呼べそうなものを、見つけたかもしれないから。

「とんぼ玉」を生かすアイテムとして無駄がなくてシンプル。
ビーズ系は2重巻きになっているのがポイントかもしれない。
2重にするロングネックレスって異彩を放つ。

~ 以下同文 ~
過去に何を想えども、全ては見えない。
どれが真実の答えかを、示すだけに進む道だった。
気づけば後ろにも前にも道はない。
ならば空を見上げてと、往生際が悪い。
雲の流れには乗れないというのに、まだ諦めない。
強引でも、どこかへ進もうとする素敵な存在。
素敵であれば、強者も目をつむるでしょう。
素敵であるから、もういいと。

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1件のコメント

  1. 既製品や共通規格を利用すれば効率がいい。なんの工夫もいらない、それが有益性へ一直線に進める最愛の友だ。人それぞれに感じるものは違うと思う。人口分だけの商品を作っている時間は、毛頭ないものとしないと、探す時間が取れないだろう。何かを探そうと、あくせくしている模索段階に入っている。

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