和帯赤

ニワトリが鳴いて目覚める朝。
いつものように家事を済ませれば、少し暖かい日が昇る。

田んぼ

季節は初夏。
田植えの一番乗りは、また私。
学校に行く人と、仕事に行く人も見えた。

私は百姓の娘。世間様はよく分からないので、また苗を1つ。

子供達は寝坊するから、いつもと同じ。
朝ご飯に、たくさんおにぎりを作って置いてきた。
おにぎり2つ
太陽が真上に差しかかる頃には、私が作ったお弁当も水筒も届く。

私が一番乗り。
米蔵が欲しいと言えば、みんな慌てて考える。
苗が足りないと言えば、慌てて苗田へ取りに行く。
私が一番乗りだから。

大和撫子

夢見心地で田んぼの中。
私は今日、お姫様のような気分。

わらわがやる事は変わらんぞ。
それでいいのじゃ。

また苗を1つ。

単調で良かった。
継続する事で私は、お姫様になれた。

また苗を1つ。

私が一番乗りだから、その分、をたくさん植えてるのね。
どれかが本当になる予感がする。


農業は食の支え。何がなくても、夢と希望が私には見えた。

時は平安、年貢とは何を指して言おうか?
時は戦国、何を食べて生き残り、永らえる者の子孫か?
米を食べずに育つ者ほど原点回帰とは、ほど遠い。

「主食はお米、それは日本史が証明する純真な、生命の源。」


また私が1つ苗を植えましょう。
隣にいる誰かは、出かける準備をしている。
立ち去る事は、どんな関係性の中でも心もとない。

自分で何かを探している途中。
そう願いを込めたのなら「いってらっしゃい」と背中を押す。

貴方の分も私が1つ。

また私が苗を1つ。


労働者が植物に命を与え、食べる事を知りつつ育てる。
非情な定めと共に月日を重ねる。
そこには情もなく、自然の営みがある。
それを何としようとも、取るに足らない。
そう思う貴方には情があり、人間らしい事を私は証明する。


また私が苗を1つ。
そしてこれは、貴方の分。

「忘れる事あらば、来ればよい。また1つ、成長した姿に心躍るぞ。」

時代と共に何かの形に変わる時も、時去りし風にさらわれて忘れる時も、その存在は端麗な姿で食卓に現れる。「いただきます」と願わくは、何か思い出す。共に同じ飯を食らう「和み」の中。

連同文
” 隣り合う共にした友、また「和み」かな ”

小麦はパンに姿を変え家畜の餌にもなり、腐食する事もなく貯蔵もできる。
革新は続き、大地に根を張る事がなくなる時も、私は苗と夢見心地の空の下。
優れた作物は多いけど、その隣には私が必ず稲の苗を1つ。

風土が変わった事でさえ、誰もが知らぬ間に背を向けた生活を送る。


一世一代。
自分が知りうる事以上に人生は描けないとすれば、今世紀の長さは常に生きた月日と比例する。失くしているものがどんなものでも、世紀末の覇者となる者が、想い出の日々を根付かせる。振り向けば満開の花びらが舞う、それは分かっている。

振り返った景色は、もう覚えている。進んでいる向きは常に先の方だった。
「これからは夢で逢うのもいいでしょう?」
「それ、約束だから。」

バケツで稲を育てる!

HOW TO ガーデニングが分かりやすい。
バルコニーでもいけそうな気がする。

明日からどうする?

作付用の種が10gで販売されている。
種まき用で大差はないと思う。
土の単位ってLだったんだ。
手入れが億劫になるのは回避。

ディスカッションに参加

1件のコメント

  1. 日本人の主食はお米です。それが言いたいだけで吟遊されたページ。自分に所縁のある内容を美化して満足感を得ている状況。農業や田植えに縁のある方でも理解しがたいかもしれない、1人称の世界。これって誰かの何かになるの?どうなの?センセーどこ?

コメントを残す

コメントを残す